この世は不公平だ、と思う人多いと思います。
恵まれた環境で生まれて、育ち、生まれながらに特権を享受している人。
貧しい環境で生まれ、食べるものも、教育すらも満足に受けられない人。
最近は毒親、などと言う言葉もありますね。
なぜか私は、そんなに不平等だろうか?神様は不平等な方なのか?
と少しひっかかるものを感じていました。
そして最近こんな聖句を見つけました。(遅いっちゅうの・・・)
”愛する兄弟たちよ。よく聞きなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富ませ、神を愛する者たちに約束された御国の相続者とされたではないか。”
ヤコブの手紙2:5
貧しい人たちはその環境ゆえに謙遜です。彼らが環境に負けず、正しく生きようとしていれば、そして神を信じ、必要な儀式を受ければ、栄光に満ちた神の相続者となれます。この世の80年ほどの人生は永遠に比べれば瞬きほどの長さに思えるでしょう。そして永遠を生きる神と同じ力、同じ人格、同じ栄光を受けるとすれば、それは大きな祝福です。実は貧しい人は特権を持っているのです。
そして、末日の予言に戻りますが、
イザヤ書26:5ー6
”5 主は高くされた町に住む
支配階級の住民を低くし、
地に打ち倒して、
ちりに等しい者とされる。
6 そのちりは貧しい者の足で踏まれ、
乏しい者の歩む足下に踏みつけられる。”
末日には悪と義の逆転が起こります。邪悪な支配階級について神はこう言っています。
前にも書きましたが、善人の救済とは悪人を滅ぼすことです。
イザヤ書1章
”23 あなたの統治者たちは裏切り者で、
強盗どもの仲間である。
一人残らず賄賂を愛し、
報酬を追い求める。
彼らは孤児に正義を施さず、
寡婦の訴えは彼らの前に届かない。
イザヤ書10章
1 災いだ、不義な法律を定め、
圧政的な法案を書く者は。
2 彼らは乏しい者に対して正義を拒み、
わたしの民の貧しい者から権利を奪い、
寡婦から略奪し、
孤児から奪い取る。
3 あなたがたは審判の日に、
遠くから大殺戮が襲いかかるとき、どうするつもりか。
誰のもとに逃れて助けを求めるつもりか。
自分の富をどこに残すつもりか。
4 捕らわれた者たちの中で膝をつくか、
殺された者の中に倒れるほかない。”
これ前半は今の時代の話ですね。神の怒りが伝わってきます。
でも、末日の予言を読み進めて行くと、
神の本当の望みは人々が悔い改めて、主なる神に立ち返り、
祝福を受けることであることがわかります。
心頑なな悪人を改心させるための多くの禍が待っています。